太郎の屋根に雪降り積む…

2016/02/18
もともと今年は暖冬との予報だった。
たしか雪も少なめとかいってたな。
じっさい1月半ばまでは、ひとかけらの雪もなかった。
気温だって高かったさ。
10度を超える日すらあったくらい。
「こりゃあ今年は降らねえかも」なんて、おかみと話していたら…
1月の終わりになって、いきなりやってきた。
それも一昼夜で1メートル超えというドカ雪である。
玄関よりも雪面が高くなったのは久しぶりのこと。
庭先にあるビワの木も主枝がブチ折れた。
国道8号線は完全にストップ。
とうぜん物流は麻痺。スーパーやコンビニからは生鮮食品がいっとき姿を消した。
ひでえもんだったよ。

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けっきょくその後は例年と変わらず。
積もっては融けてまた降り積もるの繰り返し。
なにが暖冬だよ、いいかげんな予報こきゃあがって。
と毒づきたいところだが、この悪口、新潟ではいささかピント外れのようだ。
なぜか。
じつのところ新潟人、いや“原”新潟人は雪を欲しているように思えるからだ。

正月明けにとなり町の二田物部神社へお参りにいったときのこと。
いい具合に寂れた拝殿前で、地元らしいばあちゃんと顔を合わせた。
挨拶なんぞ交わしているうち、話はしぜんと天気のことに。
「今年は雪がなくてラクだよね」
なんて能天気なおいらのセリフにうなずきながらも、ばあちゃんはこう呟いた。
「でも、なんか悪いことが起こるんじゃないかと心配でねぇ」
この感覚は宿まわりのじいちゃんたちも同じ。
部落の新年会でも、雪の気配すらない空を見上げながら話していたものだ。
「やっぱり降るものは降らんとな」
「ああ、そうだこてね」

利便性を軸に考えれば、雪なんかないほうがいいに決まってる。
これはじいちゃんたちだってそう思っているはずだ。
しかしそれ以上に「あるべきものがない不安」のほうが大きいようなのだ。
「雪がない→いつもとちがう→天変地異が起こる→ゴジラが走りまわり、テポドンも飛んでくる」
まさかそんな公式が頭の中にあるわけじゃないだろうけどね。
雪はたしかに邪魔だけど、そのあとには豊かな1年が続いている。
去年もそうだった。10年前も、30年前も…。
だから雪はあったほうがいい。急な変化は望まない。
そこいらへんが本心なんだろうな。 
1月末の大雪は、そんな“原”新潟人の思いが結晶したものかもしれない。

えっ、おいら? どうせ“俄”新潟人だからね。
いらねえよ、雪なんか。
でもまあ、雨よりゃいいこて。

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上の写真は台所から見える景色。
どこか墨絵風で趣きもあるけど、毎日見てると飽きてくるんだよな。
あとひと月かな、春までは。


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